生まれたての蚕、見てきました ~兵庫県唯一の養蚕の現場から~

美しい着物や帯を織るのに欠かせない「生糸」。日本に養蚕の技術が伝わったのは紀元前200年とも言われ、絹織物は高貴な人々だけに許される高級品でした。江戸時代末期からは製糸の機械化もすすめられ、養蚕も一般家庭の仕事として広がりました。丹波市でも養蚕を行う家庭は多くありましたが、昭和30年代をピークにその数は減少。現在では丹波市はおろか、兵庫県でも養蚕を行っているのはたった一軒になりました。

兵庫県唯一、養蚕がおこなわれている柿原さんのお宅の蚕部屋

兵庫県唯一、養蚕がおこなわれている柿原さんのお宅の蚕部屋


この日、丹波市春日町中山にある柿原啓志さんのお宅に、蚕の卵が届けられました。蚕の卵は驚くほど小さく、直径は1㎜~1.5mm程度。生まれた卵の殻は白く、黒っぽい卵の中にはまだ、蚕の赤ちゃんが眠っています。
白いのが卵の殻、黒い卵にはまだ蚕が入っているので、桑の香りで目覚めさせます

白いのが卵の殻、黒い卵にはまだ蚕が入っているので、桑の香りで目覚めさせます

蚕がごく幼いうちは、温度や湿度管理をしてあげることが大切です。温度は28~29度くらい、湿度は80%以上とできるだけ高く整えてあげます。幼い蚕用のお部屋ではストーブがつけられるなど、蚕に優しい環境が整えられていました。

生まれた幼虫たちはさっそく桑の葉を食べています

生まれた幼虫たちはさっそく桑の葉を食べています

パラフィン紙の上にフィルムが置かれ、その上に卵や幼虫、その上に桑の葉と重ねられ、最後にまたパラフィン紙をかぶせます。周囲には濡らした新聞紙が置かれ、湿度を保つための工夫がされています。

このように、フィルムの上に蚕が置かれ、周りには濡れた新聞紙があります

このように、フィルムの上に蚕が置かれ、周りには濡れた新聞紙があります

お部屋にはこのように蚕たちのスペースが設けられています

お部屋にはこのように蚕たちのスペースが設けられています

養蚕には、管理のしやすい人工飼料を用いる場合もありますが、柿原さんの場合は餌も自家栽培の桑の葉です。写真のような生まれたての蚕(1令幼虫)には、包丁で細かく刻んだ桑の葉を与えています。

柿原さんのお宅の桑畑

柿原さんのお宅の桑畑


桑の葉は手作業で細かく刻まれます

桑の葉は手作業で細かく刻まれます


もう少し大きくなった蚕には、このような機械で荒めに刻んだ桑の葉を与えます

もう少し大きくなった蚕には、このような機械で荒めに刻んだ桑の葉を与えます


ふ化した蚕は3日ほど1令幼虫として過ごした後、「眠」と呼ばれる活動停止の状態になり、目覚めた後は2令幼虫と呼ばれます。活動と「眠」を繰り返して5令にまでなると繭を作り、その中で蛹になります。
蚕の育ち方についてお話しいただいた 原田雅代さん

蚕の育ち方についてお話しいただいた 原田雅代さん


 柿原啓志さんは、兵庫県で唯一残った養蚕農家ですが、2年前に東京から来た女性、原田雅代さんをお弟子さんに迎えられました。糸を作ること、織物を織ることに興味を持っていた原田さんが、国内で国産の生糸の作り方を学べるところ、質の高い養蚕の技術を学べるところを探し求めて、柿原さんのお宅にたどり着きました。
 
養蚕についてお話しいただきました柿原啓志さん

養蚕についてお話しいただきました柿原啓志さん


「最近はイベントやお話を持ってきてくださることも増えて、養蚕を続けていてよかった」と語る柿原さん。しかし、養蚕には思った以上の手間もかかります。1令幼虫の内は幼虫も小さく、桑を食べる量も少ないのですが、
「4令5令になったらずっと桑をあげとらんなん」蚕がたくさんの桑の葉を求めるようになると、日がな一日桑畑と養蚕場の往復に明け暮れるのだそうです。どの蚕もほぼ同じタイミングで繭を作ることができるよう、成長の速さの調整をするにも技術が問われますが、「蚕の顔を見ながら」餌のやり方などを調整するのだと柿原さんはおっしゃいます。
原田さんがまとめた、蚕の成長の様子

原田さんがまとめた、蚕の成長の様子

今回の蚕の赤ちゃんは、ルーペでよく見ないと分からないくらいの大きさでした。4令や5令の大きくなった幼虫はまた、全く違う表情を見せてくれるとのことで、この蚕たちの成長を追っていきたいと思います。