移住して出会えた「笛路村」の景観を守りたい!ふえのみち農園横山湧亮さん

丹波市の食をつくる仕事「農業」。近年では丹波市外から丹波市に移住して農業を始める「新規就農者」も徐々に増えています。今回「農・森・人」編集部がお話を伺ったのは、市外から移住し2015年に就農した「ふえのみち農園」の横山湧亮さんです。

(ふえのみち農園 横山さん)

 

丹波市に移住後、出会った笛路村

横山さんは、大阪府羽曳野市のご出身。自然豊かな環境に暮らすことを夢見て2013年に丹波市に移住しました。移住当初は丹波市山南町のシェアハウスに住み、地に足をつけて暮らすことのできる土地を探していました。そして出会ったのが同じく山南町の「笛路村」。棚田が広がる里山の風景、その美しい景観にまず惹かれました。丹波市に移住した次の年には笛路村に転居した横山さんですが、すぐに就農したわけではありませんでした。

(棚田や木々が美しい笛路村の風景)

 

「はじめは山南町のカフェで働いていましたが、村の人もいい人ばかりなので、村と繋がりながら仕事をしたいと思うようになりました。自分の好きなこの村の景観を守りたいという思いも出てきて、景観を守る仕事として農業がベストではないかと」

 

その後村の人の勧めで農業大学にて学び、卒業後に就農。現在は少量多品目として季節に応じたものを10~15品目栽培しています。ほうれん草やリーフレタスなどの葉物をメインに、丹波黒大豆や山の芋にも力を入れています。

横山さんの思う農業の「楽しさ」

「大学院で科学を専攻していました。そこでは理論上で『これを、こうすれば、こうなる』の世界でした。しかし農業の場合はその年の天候や環境、様々な要因が複雑に絡み合って作物ができます。想定と違う方向に行くこともあり、農業は理論だけでなく感性の問われる分野だと実感しています」

 

自然の力をまざまざと見せつけられる「想定外」に戸惑いながらも、「思い通りにならないところが却って面白い」と語る横山さん。だからこそ、思ったような作物ができたときの喜び、お客様の喜んでいる顔を見たときの喜びはひとしおなのだとか。ですが、もともと科学分野にいた横山さんならではのこだわりも、作物づくりの中に生きています。

(イベント出店のときは、ディスプレイにもこだわって)

 

「こだわりはミネラルと微生物が豊かな土を作ること。野菜そのものの栄養はもちろん、見たときにエネルギーを感じられて、食べることでより元気になる、生命力に満ち溢れた野菜を作りたいと思い日々励んでいます」

豊饒な土を作るために、農業をしている仲間や先輩に話を聞いたり、堆肥にヤシガラや米ぬかなどをバランスよく入れたりなどして試行錯誤。

「大学院をやめるときに、『学んだことが無駄になる』と言われましたが、勉強した内容が農業に生きているという手応えが今、あります。どうしたらこのような土ができるのかと突き詰めて、目の前で起こったことの原因を追求する。農業は科学の最高峰の世界です」

(農作物の加工品の販売なども行う)

村の景観を守り、村の中で暮らしていくために

大阪府で生まれ育ち、ゆかりのなかった笛路村にて農業を始めた横山さんを、村の方はどう見ているのでしょうか。

「笛路村の人はみんな優しくて、大事にしてもらっています。畑に一日出られないと次の日『昨日いなかったね』と声をかけてもらったり。僕が来るより前に、Iターンで同世代の竹岡農園さんが先に就農していたのも心強かったです」

また、移住と同時に就農するのではなくまず「住む」期間があり、その期間で村の方とお話する機会があったことで、より「村の景観を守るための農業」という意識が横山さんの中で育まれ、村の方とも思いが共有できたのも、横山さんが村の人に大事にしてもらえている要素の一つかもしれません。

(イベント出店の様子)

現在の販路はSNSで受注する野菜セットなどの個人注文が中心。飲食店や八百屋の卸販売、丹波ハピネスマーケットなどのイベント販売も積極的に行っています。

「野菜セットの発送の月に間に合うように気候の先読みや災害対策も行い、作物を揃えることなど、まだ技術的に課題があります。買ってくれた方が『横山くんの野菜美味しいよね』と言ってもらえるように、土台として野菜づくりの技術を磨いていきたい」

そして農業の本質として「村の土地を守ること」を最終的な目標に掲げる横山さん。農家としての技術を磨く一方で、笛路村に人が集まるような、地域が元気になるような楽しいこと、自分のアンテナに響いた面白いことにも意欲的に挑戦したいと考えています。

 

ふえのみち農園

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